ノスタルジックな気分に浸るわけではないが、富士通というブランドは古くからのパソコン(あえて”パソコン”と表記したい)ユーザーには特別な意味がある。
タモリがCMキャラクターをつとめたFM-7、黎明期からオーディオ&ビジュアルを志向していたFM77 AVなどもあるが、何より富士通がパソコン業界で異色を放っていたのは、FM TOWNSという採算を度外視したかのような超弩級のエンタメパソコンを発売する一方で、工場や病院といった社会インフラを支えるコンピュータを作るという二面性を持っているからだ。
そんな富士通のパソコンが40周年を迎える中、富士通クライアントコンピューティングは40周年企画として、いくつかのプロダクトやサービスを用意している。その第一弾が本サイトでも紹介してきた「LIFEBOOK UH Keyboard」(以下、UHキーボード)だ。富士通パソコンFMV「LIFEBOOK UH-X」をベースとしたBluetooth接続のワイヤレスキーボードで、LIFEBOOK UH-X向けに開発されたキータッチと、軽量さに優れたコンポーネントを単体製品として切り出したものとも言える。
ではなぜこの製品が40周年記念最初のプロジェクトになったのか。
今回は富士通クライアントコンピューティング(FCCL)初代社長を務め、現在は会長の齋藤 邦彰氏にFCCLがUHキーボードに込めた想い、そしてこれから1年間続くという40周年企画の今後について話を聞いてみた。
"感性"に関するノウハウが最も詰まっているのがキーボード
─ パソコンメーカーの記念プロジェクト第一弾がキーボードということに少し驚いたのですが、どのような経緯でこの企画が生まれたのでしょう?
「パソコンはさまざまな要素で構成されていますが、キーボードは中でも"感性"に関するノウハウが最も詰まったコンポーネントです。指は精密な動きができる人間の部位ですし、パソコンにとって入力の要ですよね。音声入力も発達しましたが、まだまだ文字入力の中心はキーボードです」
「言い換えると、キーボードのフィーリングを突き詰めることが、パソコンを快適に使ってもらう第一歩なんです。単にスペックだけで決まるものではなく、フィーリングに依存するセンシティブな道具。そういう意味では楽器などにも通じるなという話をエンガジェット編集長の矢﨑さんにしたら、UHのキーボードを切り出したら面白い商品になるのでは? と提案され、なるほどそれもイケるかもしれないと検討を始めたんです」
── 過去にNICOLA配列(親指シフト)キーボードの開発や、キーボード中心のコンパクトなコンピュータとしてLOOX、さらに遡ると最小限のキーボードだけを持ち歩く感覚のワープロOASYSポケットなどを開発してきた富士通だけに、キーボードへフォーカスというのは、実は40年の歴史を辿るうえで象徴的なのかもしれませんね。
「LIFEBOOK UH-Xでは感性を追求するだけでなく、最軽量や薄さなども同時に狙っていますが、その部分も含めて商品価値として提案できると考えました。パソコンを構成するコンポーネントの中でも、おっしゃる通りキーボードは種目別で得意なジャンルです。さらに、FCCLは"人に寄り添う"をテーマに商品開発を行なっています。確かに"パソコン"という総合的な商品ではないのですが、FCCLの考えや技術をFMVユーザー以外の方にも触れるチャンスになればとも考えました」
── 単に打ちやすい、フィーリングが良いだけではなく、そこに軽さや携帯性を併せ持つということですね。さらにキーボードとトラックパッドにフォーカスすることで、操作感というエモーショナルな領域で、FCCLの感覚を消費者に感じてもらう窓口にもなる。ところでこの製品、単なる記念製品にもできたと思いますが、クラウドファンディングという形式をとった理由はあるのでしょうか?
「キーボード単体商品を自社で設計、開発するというのは新しいチャレンジです。その部分を社内だけではなく社外にも共有し、どんな商品が欲しいのか、実際の市場、FMVシリーズのファンの方々などの反応を感じながら、細かな領域までチューニングできることがクラウドファンディングの良さですよね。お客様の声に応じて商品企画や開発の方向性を微調整することができます」
── 富士通のパソコンというと、事業者や業界向けにしっかりとした事業基盤があったこともあり、コンシューマ向けはいかにも"パソコン大好き"なエンジニアが、新しい技術を手に入れた時に作りたいものを作りました! といった、いわゆるプロダクトアウト型の商品が多い印象を持っていますが、そこにユーザーからのフィードバックを加えていくというイメージでしょうか。
「そうした側面は今でも残っていて、FCCLのエンジニアは自らの考えでどんどん改良や新しい提案をしたり、商品企画に盛り込もうとしたりする文化が残っています。昔は消費者の反応を開発に反映する手段がなかったこともあります。しかし40周年という長い歴史はファンの方々とともに築いてきたものですから、昔の延長線で好きなものを作るのではなく、FMVを支持してくれてきた消費者の皆さんの声に耳を傾けるべきだと考えました」
── FCCL初のクラウドファンディングで、何か新しい発見はありましたか?
「想像以上に反響が大きくて驚きました。本当に"びっくり"という感じで、想像以上に期待していただいていることを喜びました。実際の商品に対するフィードバックは、まだこれから入ってくると思いますが、実際の商品が完成する前から応援の声をいただいたことに感激しています」
「40年という富士通パソコンの歴史から、比較的高い年齢層のユーザーに支持していただけるのかと考えていましたが、実際にはLIFEBOOK UHシリーズに触発された若年層からの声もいただいています。毎日、キャンパスに行く際には持ち歩いているという学生からは、LIFEBOOK UHの打鍵感とタッチパッドの感覚をそのまま、学校の端末でも使えることへの期待などもいただいています」
──LIFEBOOK UH-Xに関して、齋藤会長は一貫して"世界最軽量を追い求めることで他のラインナップの差別化にもつながる"と話してきました。スタイリッシュな新コンセプトノートPCのLIFEBOOK CHシリーズも、UHのノウハウをデザインに割り振った別バージョンとも言えるでしょう。いわば技術ショーケースとしてLIFEBOOK UH-Xから切り出したのがUHキーボードといったところでしょうか。
「パソコンは海外のODMベンダーに大部分を設計・生産委託する手法が多くなっていますが、UH-Xシリーズは台湾のODMに頼んでも決して生まれない商品です。こだわりのあるエンジニアが毎日、1秒の時間を惜しんでいろんなトライを続けた結果生まれる商品なんです。なぜそこまで突き詰めるのか? といえば、最軽量を突き詰めたいから。これはFCCLの文化だと思います。そうした文化的背景があるFCCLだからできるというユニークな要素を集積したのがLIFEBOOK UH-Xです」
「技術的に優れているんですと説明するのではなく、とにかく手に取ってもらうと"WOW、これはすごい!"と感じてもらう。そこを目指しているから、単に軽いだけではなく、フィーリングの領域までこだわりたい。狙っているのは数字じゃないんですよ。軽さも最軽量は数字ですが、結果として求めているのは手に取った時の感動。感性に訴える部分を追求していけば、どんな消費者も裏切らない。」
「今回のキーボードもそうです。機能だけならば、スマホだけですんでしまう。ではなぜパソコンを使うのか。入出力のエッセンシャルな部分にこだわり、そこでの快適性を突き詰める。リモートワークが増えてきている昨今、とても大切な部分ですからね。今後、さらに突き詰めたい部分でもあります」
── ところでFCCLのDAY1000イベントでは"次期LIFEBOOK UHのチラ見せ"や"LOOX復活の伏線"と受け取れるような表現が齋藤会長からありました。今後も40周年記念製品が登場してきそうですが、どのようなものがアイデアとしてあるのか、お話しできる範囲で教えていただけませんか?
「40周年は2021年5月から2022年5月の間と捉えています。その間に出す商品に、さまざまな意味を持たせていきたいと思います。まだ全てが決まっているわけではありませんが、LOOXも候補のひとつにはなっていますよ」
── LOOXというブランド、個人的には"キーボード中心にミニマルなコンピュータとディスプレイがセットになったモバイルPC"と捉えています。色々な世代で登場していますが、時代ごとに形やコンポーネントの構成は変化してきました。現代の技術的な枠組み、使われ方において、LOOXはどのような解釈になるでしょう?
「色々な解釈があると思います。キーボード中心という考え方も一つ。持ち歩きしやすい製品という視点も一つ。ただ、そうした機能やコンポーネントを中心とした考えではなく、ユーザー体験を中心に組み立てたいと考えています」
「現在もディスプレイの質やスピーカー、マイクの音質などに拘って設計していますが、小型のコンピュータであれば2台のパソコンがつながると別の新しい体験を引き出せるような仕掛けも考えられるでしょう。また、人に寄り添うという部分では"ふくまろ"のようにパソコンの使いこなしや日々の疑問をサポートしてくれる要素も必要です。さまざまな形で40周年を表現していきますので期待してください」
──レノボ傘下には複数のPCブランドがありますが、そうした中でFCCLならではの強みをとはどんな部分だとお考えですか?
「ひとつの軸としては"安心、安全、壊れない"。ここを突き詰めていきます。富士通は工場などを支える産業向けパソコンや、医療現場向けのパソコンを長年開発してきました。そうしたノウハウを生かし、コンシューマ向けにも同じ価値を提供していきたい。そこにAIアシスタントを進化させていくことで、"誰でも使えて壊れない"を目指します」
「もう一つの軸は、他社にない技術ノウハウを突き詰めること。UH-Xでの軽量化やスピーカー、マイクへのこだわりなどがありますが、人とのインターフェイス、感性に訴える部分にこだわる、人間中心の技術開発と商品企画です」
「パソコンは構成要素がシンプルで差別化がされにくいように見えているかもしれませんが、同じ企業グループでも目指すところや感性が異なれば、違う製品になっていきます。同じ材料でも料理人が異なれば違ったお皿が生まれるように、これからも富士通のパソコンは富士通の伝統的なテイストを守りながら、最新技術を盛り込んでいくことで個性的な商品を生み出していきます」