(写真:EE Times Japan)
米連邦取引委員会(FTC)は、NVIDIAによるArm買収には競争上の懸念があるとして、それを阻止するために訴訟を起こすという。FTCは、「NVIDIAはArm買収により、ライバル企業が競争力のある独自チップを開発する上で頼みの綱にしている技術/設計に対して、過度な主導権を握る恐れがある。さらに合併後の新企業は、市場イノベーションを抑圧するための手段とインセンティブの両方を確実に入手することになる」と述べている。ArmのSimon Segars氏(左)とNVIDIAのJensen Huang氏 NVIDIAによるArmの買収提案については、2020年夏にそのうわさが流れ始めた瞬間から、さまざまな懸念が生じている。最初からずっと反対意見が噴出していたが、最近ではその内容がまとまってきているようだ。英国は2021年11月に、市場競争と国家安全保障の両方に関する懸念を理由に、買収に関する調査を拡大したところだ。またFTCも同月に、買収に対する懸念を表明している。 NVIDIAは、「今後も反対意見に立ち向かい、Arm買収の実現に向けた取り組みを進めていく考えだ」と明言し、FTCへの返答として、以下の声明を発表した。 「われわれは、FTCプロセスの次のステップに進んでいく上で、Arm買収が業界全体に利益をもたらし、競争を推進する役割を担うということを示し続けていきたい。 NVIDIAは、Armの研究開発に資金を提供し、ロードマップを加速させ、製品シリーズを拡充していくことにより、競争を後押しして、Armのライセンシーにより多くのチャンスを創出するとともに、Armエコシステムを拡大していきたい考えだ。Armのオープンライセンスモデルを確実に保護し、全てのライセンシー当事者たちが現在および将来も、同社製IP(Intellectual Property)を利用できるようにする」 NVIDIAは、これ以上のコメントは差し控えている。中国当局の判断は? 一方、買収案は現在も、中国からの認証(または否認)を待っているところだ。思い起こしてみると中国には、NXP SemiconductorsとQualcommの合併買収の際に、認証プロセスへの参加をただただ拒否することによって、案件を葬り去ったという過去がある。 中国が、NVIDIAのArm買収に関する判断を複雑化させている背景には、国際的な貿易紛争や政治的緊張の他にも、Armの中国国内の合弁事業に関して中国側が奇妙な主張をしていることなどがある。Armは以前に、合弁事業のCEO(最高経営責任者)であるAllen Wu氏を解任しようとしたが、同氏は物理的に経営権を握っているため、現在もまだArm(合弁事業の少数派出資者である)の指示に抵抗しているというのだ。「Jensen Huang氏は、引き下がらない」 米国の市場調査会社Tirias Researchで主席アナリストを務めるJim McGregor氏は、「今回私が驚いたのは、FTCが現在まだ、懸案中のNVIDIA/Arm買収に関する再調査を進めているさなかだという、そのタイミングだ。FTCは手続き上、再調査が完了するまで訴訟を進めることができないのではないか」と述べている。 またMcGregor氏は、NVIDIAが買収完了に向けた取り組みを強化しているという点に関しては、「NVIDIAのCEOであるJensen Huang氏の中には、引き下がるという考えはない。同氏の確固たる信念により、今のNVIDIAがあると言える」と述べている。 もちろんHuang氏は、その勇ましさが仇となって問題を引き起こしてきたのかもしれない。米国の市場調査会社The Linley Groupのシニアアナリストを務めるMike Demler氏は、「Jensen氏は当初、買収はスムーズに進むはずだと宣言していたが、それは何の役にも立たなかったようだ。そして、さらなる詳細な調査を招く結果となった。Mellanox Technologiesの買収を単に補完するためのものと見なされるだろうという考えは、甘かったといえる」と述べる。 NVIDIAは2020年9月に、ソフトバンクからArmを買収すると発表した。この時提示していた買収金額は400億米ドルだったが、その後の株価変動により、現在では約540億米ドルに上昇したとみられる。いずれにしろ、半導体業界で史上最大規模の買収になるのは間違いない。 買収の知らせを受け、Armライセンシーの間では瞬く間に、NVIDIAがArm事業に対して強力な主導権を握るのではないかという恐怖が広がった。FTCが主張しているように、「NVIDIAは、競合他社にとって重要な技術をないがしろにしたり、技術へのアクセスを遮断することによって、イノベーションを阻害する恐れがある。また、競合情報がArmからNVIDIAに流れてしまうのではないだろうか」という懸念が生じたのだ。 合併買収に対して不信感を抱いた企業が、このような全般的な不安を規制当局に対して表明した。そしてFTCが、こうした意見を具体的な懸念事項として絞り込み、訴状に列挙したのだ。FTCは、「NVIDIAのArm買収は、NVIDIAがArmベースの製品を使用して競争を繰り広げている3つの世界市場において、競争を阻害することになる」と主張する。その内容は、以下の通り。・乗用車向け高性能ADAS(先進運転支援システム):コンピュータベースの運転機能として、自動車線変更や、車線維持支援、高速道路への出入り、衝突回避などを提供・DPU SmartNIC:データセンターサーバのセキュリティや効率性を高めるための高性能ネットワーク製品・クラウドコンピューティングサービスプロバイダー向けのArmベースCPU:この新製品は、Arm技術を適用して、クラウドコンピューティングサービスを提供する既存のデータセンターに必要とされる性能や電力効率、カスタマイズ性に対応する こうした懸念があるにもかかわらず、一部のArmライセンシー(NVIDIAの競合メーカーも含む)からは、合併を支持する声も上がっている。買収が失敗した場合は? しかし、もし買収が失敗に終わった場合、Armの選択肢は限られるのではないだろうか。さらに、Armライセンシー(NVIDIAのライバルも含め)が危険にさらされる可能性もある。 Armは恐らく別の買い手を見つけることができるかもしれないが、McGregor氏は懐疑的だ。ソフトバンクがArmの売却を開始した際、手を挙げたのはNVIDIAだけだった。それ以降、「Armがより中立的な立場を保つための競争入札は誰も行っていない」とMcGregor氏は指摘する。 次の策は、恐らくIPO(新規公開株式)であり、NVIDIAが買収に名乗りを上げる前からソフトバンクとArmはその可能性を探っていた。 McGregor氏は、「半導体技術のIPをライセンスするビジネスモデルで成功したArmでも、Intelなどプロセッサのライバルと比較すると比較的小さな規模にしか成長できなかった。そのため、現実的には研究開発投資が追い付かない状況にある。NVIDIAのように研究開発に資金を投入できる大企業のリソースがなければ、Armといえども技術的に後れを取る可能性もあるのだ。 「NVIDIAは、投資してArmのビジネス構造を維持することを皆に保証しようとしている」とMcGregor氏は述べる。 では競合各社はNVIDIAを信頼できるのだろうか? できるかもしれないし、難しいかもしれない。McGregor氏は、NVIDIAが、競争の激しい業界/ビジネスにおける、競争の激しい企業であることを指摘する。一方で「NVIDIAにとって、Armのビジネスモデルを台無しにするのは愚かなことだ」とも述べている。 The Linley GroupのDemler氏は、「もし買収が成立しなかった場合、NVIDIAは破談条項によりソフトバンクに12.5億米ドルの債務を負うともいわれている」と述べた。
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最終更新:EE Times Japan