パソコンに貼られているインテルのロゴ
ロシアのウクライナ侵攻で半導体の輸出規制が実施されますが、半導体は経済安全保障のカギを握っています。その半導体を製造する世界のビッグスリーは米インテル、韓国のサムスン電子、そして台湾積体電路製造(TSMC)です。3社は各国政府を巻き込んでときには激しく対立し、ときには手を握ってきました。このうち長年トップを走ってきた米インテルの最新動向を、近藤伸二・追手門学院大学教授が報告します。【毎日新聞経済プレミア】 ◇ビッグスリーが米国で大型工場 半導体業界の巨人、インテルが1月下旬、200億ドル(約2兆3000億円)を投じてオハイオ州に最新鋭工場を建設すると発表した。半導体ビッグスリーの他の2強であるTSMCはアリゾナ州、サムスン電子はテキサス州に大型工場を造る計画を既に公表している。各工場は2024年から25年にかけて相次いで稼働する予定で、これから米国を舞台に激しい競争が繰り広げられる。 インテルは、半導体の集積率は18カ月で2倍になるという「ムーアの法則」を唱えたことで知られるゴードン・ムーア氏らが1968年に設立し、高い技術力で業界の先頭を走ってきた。 同社の中央演算処理装置(CPU)は多くのパソコンに組み込まれてきた。起動すれば「インテル・インサイド(入ってる)」のロゴが画面に現れるなど、圧倒的な存在感で世界を席巻した。米マイクロソフトのOS(基本ソフト)ウィンドウズとともにパソコンの標準規格となり、「ウィンテルの覇権」と称された。 ◇インテルの最先端技術に影 そんなインテルが15年ごろから、半導体の性能の鍵を握る回路線幅の微細化競争で、TSMCやサムスンに後れを取るようになった。TSMCは20年春に回路線幅5ナノ(ナノは10億分の1)メートルの半導体を初めて量産化し、サムスンも同年後半に並んだ。インテルは1世代前の7ナノの量産にも手間取っており、2世代の差がついている。 そうした苦境を反映して、長らく拮抗(きっこう)していたインテルとTSMCの株式時価総額は20年半ばごろから大きく開き始め、TSMCが5000億ドル(57兆5000億円)から6000億ドル台で推移するのに対し、インテルは2000億ドル前後で低迷を続けている。得意のCPUでも、米アドバンスト・マイクロ・デバイス(AMD)に急速にシェアを奪われている。 そこで、21年2月に最高経営責任者(CEO)に抜てきされたのが、最高技術責任者(CTO)も務めたパット・ゲルシンガー氏だ。半導体受託生産会社(ファウンドリー)のTSMCと違って、インテルは設計から製造まで一貫して行う垂直統合型メーカーだ。だが、ゲルシンガー氏は就任翌月、垂直統合型を進化させたビジネスモデルに移行するとして、他社への製造委託を増やす一方で、ファウンドリー事業にも乗り出すと宣言した。 ◇ビッグスリーが客を奪い合う関係に この方針に従い、インテルは最先端の3ナノ品をTSMCに製造委託したとみられている。ゲルシンガー氏は21年12月中旬、台湾を訪問し、TSMCの劉徳音会長と会談した。インテル、TSMCとも正式なコメントは出していないが、3ナノ品の製造委託について最終確認が行われた模様だと台湾メディアは伝えている。 インテルのもう一つの新戦略であるファウンドリー分野への進出は、業界で驚きをもって迎えられた。これで、TSMCや、垂直統合型ながら受託生産も手掛けるサムスンと顧客を奪い合う関係になる。TSMCからすれば、インテルは顧客であると同時にライバルでもある。 台湾紙「工商時報」電子版によると、インテルはTSMCへの製造委託を増やす構えで、1~2年以内にTSMCの顧客の上位3社に入る見通しだ。劉氏はゲルシンガー氏に、もしインテルが今後、3ナノ品を独自生産するようになれば、TSMCのインテル向けの設備投資が無駄になるため、預託金を支払うよう求めたという。 ゲルシンガー氏の反応は明らかになっていない。だが、敵対する相手に自社の命運を託さざるを得ないインテルの苦しい立場が浮き彫りになっている。 ◇近藤伸二さんの略歴 1956年神戸市生まれ。79年毎日新聞社入社。香港支局長、台北支局長、大阪経済部長、論説副委員長などを歴任。2014年追手門学院大学教授。著書に「彭明敏 蔣介石と闘った台湾人」「アジア実力派企業のカリスマ創業者」など。
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